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イチョウ並木
2010 / 12 / 04 ( Sat )


幸運にも、今日は午後から『お使い』を頼まれて
あの素敵な課長さんがいる会社に出向くことになりました。

狭くて暗い事務所の中で、
蛍光灯の明かりの下で一日中働いているよりも、
やっぱ、外がいいですね~

今日は少し寒かったけど、
大阪の空は透き通るような快晴で
御堂筋のイチョウ並木もすんごく綺麗でした。
今日がお休みなら、このままずっと散歩したい気分でした。

胸をときめかせて、目的の会社に着くと
残念ながら、今日は土曜日で、課長さんはお休みされていました。
かわりに30代くらいの若手社員さん(笑)に
書類を預かってもらいました。

喫茶『コンチェルト』にまた連れていってほしかったな。

でも、残念なことばかりじゃありませんでした。
お店に、書類を無事届けた旨を報告すると、
めずらしく店長から、
そのまま、休憩をとって、三時からレジの子と交代。
という思いがけない返事があったのです。

三時までまだ時間あったし、
とりあえず、お店の近所までいったん戻ってきてから、
いつもの、行きつけの喫茶に入って、のんびり休憩しました。

この喫茶にいると、
時間が穏やかに流れるようで、
すごく落ち着くんです。

小さな場所に閉じこもっていると、
時間の流れも、季節の移り変わりも、よくわからなくなるものです。

寒くても、暑くても、やっぱ外がいいですね。
たとえ、ひとりぼっちでも(笑)


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17 : 45 : 16 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ジライヤ
2010 / 12 / 08 ( Wed )


私の友だちに、『ジライヤ』という女の子がいます。
もっとも、これは私だけが彼女をそう呼んでいるだけで、
彼女のニックネームではありません。

ジライヤと、私は気質や育った環境がとてもよく似ていて、
似ている者どうしの常として、
中学時代は、ことあるごとにケンカばかりしていました。
二年生の時には、お昼休みに教室で掴み合いになり、
職員室から先生が飛び出してきて、仲裁されたこともあります。

私には父親がいませんが、彼女には母親がいません。
私は、母親とは女どうしのお話ができるけれど、
彼女にはそれができません。
だから、私よりも彼女のほうが、ずっと淋しかったと思います。

ジライヤは、『黒いものを白といえない』性格で、
たとえ100人が黒だと言っても、自分が白だと思えば、『白』だと言いきる子です。
そんな性格のために、味方より敵を多く作るタイプで、
上級生に呼び出されては、校舎裏でお説教されたりしていました。
それでも態度をあらためないので、ついには学校裏の、
通称『しばき公園』に連れていかれて、フクロ叩きにされたりもしていました。
だけども、ジライヤはジライヤのまま、何も変わることはありませんでした。

ジライヤは高校へは進学せず、中学卒業と同時に、住み込み店員として、ある中華料理店へ就職しました。
父親の元から、一刻も早く独立したかったようです。

中学時代は、彼女とケンカばかりしていた私でしたが、
卒業してからは、妙に仲良くなりました。
ジライヤいわく、中学時代の思い出は、『私とケンカしたこと』だけなんだそうです(笑)

彼女と会う時は、ふたりだけの時が多いです。
ジライヤは、私の他の友だちとは、気が合わないそうで、
彼女は大勢で遊ぶということはしません。
私の友だちも、コンパなどにジライヤを誘おうという子はいません。
誘っても、来ないからです。

ジライヤはその後、いくつかの職を転々としたのち、
一昨年、職業訓練校で電気の資格を取り、
女ながらに『電気工事士』になりました。
街を歩くと、電信柱の上で作業をしている人をたまに見かけますが、
工具を腰にぶらさげて、あれをやっているらしいです。

多くの友だちは、来年大学の最終学年になります。
この先どうなるのか、誰もが将来を不安がっている中で、
いち早く社会に出て、その中で、自分の技術で生き延びていこうと決心して、
女の壁をぶちやぶって頑張っている、この子はすごく偉いと思います。
少なくとも、ヘナチョコじゃありません。

この子を見てると、自分も頑張ろう、というそんな気になります。
そして、『ホントにダメかどうかは、やってみないとわからへん』という、この子の姿勢が大好きです。
でも、今でも、たまにケンカしてるけんど(爆)

ジライヤとふたりだけで、カラオケに行ったとき、
彼女が歌ったこの曲、
お酒を飲んでいたせいもあったけど、胸にしみました。


16 : 54 : 59 | 遠い空白い雲 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
白ヒゲのオジサマ
2010 / 12 / 14 ( Tue )
大阪のあるライブハウスにいった時のこと。

いくつかのバンドが出てたけど、
お笑い系のバンドの他はどれも退屈で、
私は、適当な時間が来たら、みんなに何か言い訳して、
ひとりでさっさと帰ろうと思っていました。

でも、このライブハウスで出されていた料理が
小品ながら、すごく美味しくて、
とくに貝のバター炒め(?)が最高だったので、
私はろくに演奏も聴かずに
その貝ばっかり食べていました。

お母さんにも食べさせてあげたいと思って、
従業員の目を盗んで、
いくつか、手持ちのタッパーに隠したりしていました。

演奏の休憩時間が来たので、ちょうどいいタイミングだと思って、
みんなに話をきりだそうとすると、

他の客席から、仲間におされるように、
ひとりの白ヒゲのオジサマがステージにあがってきました。
飛び入り参加というわけです。

そして照れながらも、ギター一本で、この曲を披露したのです。


私の知らない曲でしたが、
オジサマのかすれ声にマッチした、
とても哀愁のある曲で、
めちゃめちゃシビレました。

休憩時間だったので、ちゃんと聴いていた人は少なかったと思いますが、私は、その日最高の歌だと思いました。

オジサマはその一曲だけで、ステージを降りてしまったので、
私は様子をみて、こっそりオジサマの席へいき、
すごくよかった旨を話しました。

オジサマは最初驚いていましたが、
とても喜んでくれて、黒ビールをごちそうになりました。

結局私は、その日、ずっとオジサマの席にいました。
一緒に来た連中が、かわるがわる迎えにきましたが、
ヒゲのオジサマといたほうが、楽しかったので、
とうとう最後まで戻りませんでした。

それまでフォークソングには、あまり興味がなかった私ですが、
この曲を聴いてから、フォークも聴くようになりました。
でもフォークは録音より、生で聴いたほうが抜群にいいと思います。その時の、ヒゲのオジサマの歌は、PFスローンを超えていたよ(笑)

00 : 01 : 30 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
シゲさん
2010 / 12 / 22 ( Wed )


シゲさんは失業中で、
今日も職安に足を運んだそうです。
もうすぐ、年が明けるというのに、さえない話だと、
会うたびに自分の『さえない話』に、自分で笑っています。

シゲさんは今年で48才になりました。
学校を出てからも定職に就かず、
バイトをしながら
好きな音楽ばかりやっていました。

一時は某社の専属スタジオ・ミュージシャンにもなって、
ある歌手のレコーディングにも参加したこともあります。
収入はおもに、カラオケなどの演奏ギャラやったけど、
最近ではDTMが多くなって、
よほど知名度のある奏者でないと、
お仕事がもらえないそうです。

48才。独身。
六畳一間のアパートに、小さなテレビと、
愛用のギターと、冬をしのぐコタツがあるだけ。

『家賃がたまってしまってな(笑)』
それが、職探しのおもな理由で、
自分の生活スタイルを変えるつもりはないみたいです。
コーヒーはAのところへ行ったら、飲ませてくれる。
腹がへったら、Bの店に行けば、残りもんを食わせてくれる。
服なんて、季節ごとに一着あれば、それで充分。
そんな感じの人です。

『昨日、いいメロディーがうかんでな。今度、聴かせるよ』

シゲさんは今も、曲を作っては、
知り合いのライブハウスなどに時々出させてもらって、
自分の歌を披露しています。
いい声だとはいえないし、歌がうまいともいえません。
でも、曲にはシゲさんという人の魂があります。
その中に、シゲさんのすべてがあります。

『オレは、自分の好きなようにやってきたからな。仲間には感謝してる』
いつも、そう言って、笑っています。
シゲさんのお友だちは、
『こいつは、バカの見本。こんな奴になっちゃダメだぞ』
なんて、私に言いながら、
『シゲ、もっと飲め』
と、シゲさんにビールをごちそうしています。

そんなシゲさんにも、
若い頃には、自分をささえてくれた、彼女がいたそうです。
後にも先にも、彼女はその人ひとりだけで、
シゲさんのラブソングも、ずっと彼女がモデルになっています。

その日、お仕事が早く終わったので、
お母さんのクリスマスプレゼントを下見に行ったら、
ワゴンの中に、小さな小さなクリスマスツリーを見つけました。
何にもないクリスマスよりはマシだろうと思って、
私は、シゲさんにそれをプレゼントすることにしました。

『いやー。クリスマスなんて、何年も忘れてたよー』
ほんの何百円かのツリーに、シゲさんは大喜びで、
年期の入った自分のバックの中に
そのちっぽけなクリスマスツリーを
大切そうにしまっていました。

それぞれのクリスマス。
星の数だけ、夢があります。
星の数だけ、悲しみもあります。

17 : 41 : 41 | 遠い空白い雲 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
ダンス・ウィズ・ウルブス
2010 / 12 / 26 ( Sun )



私の知り合いに
『女に逃げられたヤス』という人がいる。

『ヤス』という名前だったら、ただの『ヤス』でええやんかと思うんねんけど、なぜか、彼のお友だちはみんな、彼のことを
『女に逃げられたヤス』と呼んでいる。

『女に逃げられたヤスにも、電話しといてくれ』とか
『女に逃げられたヤスも呼んでやれ』とか
『女に逃げられたヤス』という言葉が固有名詞になっているのだ。

いろいろあって、そう呼ばれてるんやろけど、
本人は痛く傷ついてるんじゃないか、と思えば
そうでもなくて、普通に返事をしている。

『女に逃げられたヤス、調子はどうや』
『ぼちぼちやな』
という具合だ。
いたって普通の会話だ。

だが『女に逃げられたヤス』さんを知らない人には、
へんてこな会話に聞こえる。
私は、ただの『ヤス』さん、とだけ呼んでいる。

ハリウッド映画に、『ダンス・ウィズ・ウルブス』という
ケビン・コスナーが監督・主演をして賞をとった作品がある。
その中で、ケビンと仲良くなったインデアンが、彼のことを
『狼と踊る男』…ダンス・ウィズ・ウルブスと呼んでいる。

インデアンたちは、人に名前をつけるとき、
その人の最も特徴的で、印象的なことをそのまま名前にするそうで、
たとえば、
『髪を洗う女』
『弓を射る男』
『森で右手を怪我した女』
『熊をしとめた男』
などが、その人の名前として普通に使われている。

だから、ときには不名誉な名前がつくこともあり、
『腰抜け男』とか
『逃げた男』とか名前がつくと、そんな名がついた者は、
自分の名前を変える努力をしなければならない。
でないと、一生、みんなから不名誉な名前で呼ばれることになる。

『女に逃げられたヤス』については、
ヤスさんもその名前を普通に受け止めているので、
『女に逃げられた』ことは、とくに不名誉ではないようだ。

では、私や、私の友だちは、インデアンからどう呼ばれるんやろ、と考えてみた。

私は『頬が豚マンみたいな女』
ジライヤは『電信柱にのぼる女』
H子は『旅先でパスポートを失くした女』
K子は『自転車で壁に激突した女』

みんな、ろくなもんじゃない。
17 : 51 : 00 | 映画・ドラマ | トラックバック(0) | コメント(9) | page top↑
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