スポンサーサイト
-- / -- / -- ( -- )
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
-- : -- : -- | スポンサー広告 | page top↑
雨にキッスの花束を
2011 / 09 / 02 ( Fri )
風がつおおおい
雨も降ってきたー
台風が来てるんですう

いつも思うんやけど、
こーゆー時って、女所帯は頼りない。
でも、お母さんは、私がなんとかしてくれると思い込んでて、
とくに何にも気にとめてる様子もありません。
風の中を、今日も元気に出勤していきました。
女も年とると、強いものであります(爆)

私は、朝から台風対策をいろいろ考えて、
とにかく、ベランダの飛ばされそうなものを収納して、
万一のために、さっきガムテープを買ってきました。
それから、停電するかもしんないから、一応ライトの電池も。
ラジオもちゃんと聴こえるか、調べました。

まー、携帯があるんで、多少の停電は大丈夫やけども、
そんでも、何があるかわからんしー

あー、いややなあ、こーゆーの。

さっき、お隣のオジイサマにも声かけておきました。
何かあったら、助けてもらわないとおお。

こんな時、女ばっかはあかん。
ホンマ、心もとないわ(泣)

なんと言っても、私、カミナリが大の苦手やから、
それを考えると、たまりません(涙)

今夜はカレーにしました。
なんでかってゆーと、カレーなら一回作ると、
二日はもつのであります。
外出しなくていいように、このへんは生活の知恵であります。
ゴールデンカレーの中辛で、豚カレーであります。

これで、とりあえず台風が行くまで、がんばります。

外が暗くなってきた
お母さん、早く帰ってきて。
こんな日に、ひとりでいるのは、やだ。

スポンサーサイト
18 : 38 : 30 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(31) | page top↑
栗塚旭
2011 / 09 / 05 ( Mon )
コンパは好きじゃないけど、
お友だちとの交際上、たまには参加しなくちゃいけないことがあります。
その席上で必ずきかれるのが、
好きな男性のタイプです。

みんな、それぞれに、松山ケンイチとか、小栗旬とか、
答えるんやけど、
私はその時用の答えとして、
唯一用意しているお名前が、この方

『栗塚旭』
栗塚旭


まー、
20代の子はほとんど知りません。

それもそのはず、
この方、60~70年代の時代劇スターなのです。
有名どころでは、『新選組』の土方歳三でありんす。

もう、土方歳三といえば、
私の中では、この人をおいて他にありません。
とくにテレビドラマ『燃えよ剣』(原作は司馬遼太郎先生)が最高でありんす。

お母さんが『燃えよ剣』の沖田総司役の島田順司さんの大ファンで、
ふたりで一緒にケーブルテレビを観ているうちに、
私は、栗塚さんのほうの大ファンになってしまいました。

こんな無骨な男くさい俳優さんって、
今はいないよねー
まさに、『男の美』を感じるのであります。

もう、めちゃめちゃセクシーやと思います。
とくに目がいいんだよー
鋭い眼光、しまった口元、低音のセリフ回し
そして、時々、すごく淋しそうな横顔を見せるんだよね
あー、しびれるー(爆)

でも役を離れた素の栗塚さんって、
実はちょっと女性的な言葉使いで、物腰もすごく柔らかいんだよねー
そして、すごいゲラで、よっく笑うんだよ
テレビや舞台のイメージとは180度違うのです。

そのギャップがまた素敵(惚)

今でも時々ケーブルテレビの特別番組とか、
『太秦映画村』のイベントなどに出演されていますが、
お年を召した今でも、とっても素敵です。
あー、私、もう30年早く生まれたかったよ(爆)
若き日の、リアル栗塚さんにお会いしたかった。
私、絶対、追っかけになってたと思う(爆)
11 : 53 : 40 | 映画・ドラマ | トラックバック(0) | コメント(13) | page top↑
Only Time
2011 / 09 / 06 ( Tue )
なんだか夢中で走っている間に
気がついたら、もう9月になっていて、
こんな感じで、季節や時間は
私の知らない間に過ぎてしまうのかもしれません。

今日はとくに予定はなかったけど、
あまりに過ごしやすいお天気だったので、
今朝、ふと思いついて
ひとりでぷらりと中之島公園まで出かけてきました。

公園には公会堂の他は、ばら園と芝生くらいしかありませんが、
ぼんやりするにはとってもいい環境で
お昼には近くの会社員たちが、お弁当を食べにきたりしています。
水上バスが行くのを
ただ ぼーっとながめているのも、たまにはいいものです。

もう何年も前に
自分の明日が見えなくなって
ふらふらと、あちこちを彷徨い歩いたあと、
なんの目的もなく、ここに来たことがありました。

その日の空も透き通るような快晴で、
それが余計に心淋しく感じたものでした。

今、あの日と同じ場所で、
同じベンチに座り、
同じ空をながめていると
なんだか、時間は過ぎているようで、
ホントは止まっていて、
私だけが変わってしまったような気さえします。

自分の今日に
すべて意味をもたせようとすると、
どこかで、必ず息がつまってきます。
生ある時間は短いけれども
たまには、理由や目的のない一日が必要なのかもしれません。

芝生で遊ぶ親子連れを横目で見ながら
お昼ごはんのかわりに
ベンチでクレープを食べて
ただ ぼんやりと過ごしました。

台風の影響がまだあるのでしょうか
雲の流れがとっても早くて
ビルの向こうに 消えていく雲を
ただ、なんとなく
いつまでも、ただ、なんとなく、じっと見ていました。

16 : 43 : 16 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(18) | page top↑
天地真理~想い出のセレナーデ
2011 / 09 / 08 ( Thu )
あれから15年。
私も、成人して、一応体だけは大きくなりました(爆)
お父さんは身長が164㎝だったそうなので、
今は私のほうが大きくなりました(爆)

お父さんは男の人にしては
小柄なほうでしたが、
今見ても、なかなかのハンサムだと思います。
遺影は40才代の時のものですが、写真で見る限り、まだ30代にも見えて、
青年の面影が残っています。
永遠の青春ってわけです(爆)

お母さんに
なんで再婚しなかったのか、きいたことがあるんやけど
返事はそっけなく、
ただ『めんどくさい』でした(爆)

まー、私もひねくれてるし、
再婚する余裕がなかった、ってのが真相だと思いますが、
お父さんにかわる男性が出現しなかったのもしれません。
心揺れた人はいたかもしれないけどね。

あれから、
女ふたりで、狭いお部屋の中で、
掴み合いのケンカをしたり、
罵り合ったり、
家出したり、
いろいろあったけんど、
また、なんとなくくっついて、母娘で暮らしておりやす。
それなりに、あわただしく、
せわしなく、暮らしておりやす。

お掃除をすませたあとで、
お父さんに話しかけるお母さんは、
『あんたはいいねえ、こんな日当たりのいいとこで、毎日昼寝できて』
なんて、
まるで、昨日も普通に会っていたかのようです。

あれから15年。
私の記憶はちょっとおぼろになっちゃったけど、
お母さんにはまだ、鮮明なんやろな。

今日は、秋の気配を色濃く感じる
とても穏やかで、涼しい風が吹いていました。

帰りは高台寺の近くの『都路里』で
お団子をいただくのが、私たちの慣例です。
うっかりしていると
いつもお母さんが私のぶんまで食べてしまうので、
『都路里』では余所見していてはいけません(爆)

大谷祖廟の長い石段を降りながら、
お母さんが鼻歌で
ふと、奏でた
調子はずれの旋律に
背中で、お父さんの呆れた笑い声が聞こえた気がしました。

16 : 16 : 25 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(29) | page top↑
大いなる旅路
2011 / 09 / 14 ( Wed )
技術屋さんというのは、とても偏屈な方が多くて、
社交的な方というのは、少ないそうでありんす。

Nさんは中学卒業後、集団就職で、大阪へ出てきました。
そして東大阪のある工場で働きはじめました。
地味なお仕事であり、
また中卒のNさんたちにとっては給与面での待遇もいいとはいえず、
同期の仲間たちが次々と転職していくなかで、
数年後には、若手ではNさんだけがその工場に残った状況になってしまいました。

若手が続かないのは、給与面のことよりも、Wさんという厳しい技術屋さんがおられたためです。
この方は、相手が新人であろうが、社長であろうが、
お仕事面では、決して妥協を許さない人でした。
そのために、会社の幹部連からは、たいへん疎ましく思われていましたが、
お仕事においては、その会社の契約先が、Wさんを指名して、製品を依頼する場合も多く、
会社としては、この扱いにくい職人を解雇するわけにもいかなかったのです。

Wさんは、いったんお仕事を受けると、
給与に関係なく、自分が納得できるまで、工場に残って、
たったひとつの部品を仕上げようとする方でした。

今でも、東大阪の零細工場には、
こんなタイプの方がたくさんおられます。

Nさんは、いつのころからか、こんな偏屈なWさんとペアのお仕事をさせられるようになりました。
Wさんとペアを組んで、お仕事をしようという方が、ひとりもいなかったからです。
それからは、Nさんの地獄の日々が始まりました。
毎日のように、怒鳴られ、工具を投げられ、
ときに追い出され、何度退職しようかと考えたことは数知れません。
しかしNさんは、自分は不器用だし、勉強もできないし、
他の会社では通用しないことを知っていたので、
つらくても、つらくても、一生懸命耐えて、
やがて10年以上の歳月が流れました。

そして、ついにWさんが定年をむかえる日がやってきました。
Nさんは、やっと、地獄から解放されると思いました。
Wさんを憎み続けた、長い長い日々が、やっと終わるのです。
これで明日からは、怒鳴られずにすみます。

Wさんの希望で、会社主催での送別会は行われませんでしたが、
今まで一緒に働いた従業員たちが、
工場の片隅で、ささやかな『送る会』を催してくれました。

その席のおしまいに、
Wさんは仲間たちに、不器用なお別れの挨拶をしたあと、
一番最後にNさんのところへやってきました。

一瞬、最後の最後に、また、なにか怒鳴られるのかな、と思って、
Nさんはものすごく緊張したそうです。

でも、Wさんは、
最初、Nさんをただじっと睨んでいただけでしたが、
やがて、Nさんの肩に手をおくと、
ただ、じっとNさんを見つめて、
ぽろぽろと涙をこぼされたそうです。

その時、Nさんははじめて、
自分は、いじめられていたわけではなく、
『託されていた』ことに気がつきました。

その頃には、もうNさんも立派な職人になっていました。
ふたりの間に会話はありませんでした。
ただ、Nさんも、じっとWさんを見つめ、そして涙だけが、ぽろぽろと流れたそうです。

その時に、ふたりの職人の間で、ふたりだけがわかる、無言の『引継ぎ』が行われたのです。

それから30年、
Nさんは今でも、その工場で、Nさんを指名する取引先のためだけに部品を作っています。
若い助手が、ひとりだけ、ついています。
彼は、毎日Nさんに叱られ、工具を投げられていますが、
今日もNさんの隣で、黙々と作業をしています。

Nさんの一日は、
この若い助手が、今日も出勤しているかを確かめることから始まり、
この若い助手が、明日も出勤してくれることを祈って、終わるのだそうです。

19 : 55 : 08 | 遠い空白い雲 | トラックバック(0) | コメント(48) | page top↑
タイミング~ブラック・ビスケッツ
2011 / 09 / 23 ( Fri )
当時はただ企画もの、
おちゃらけの曲として、聴いてたんやけど、
今聴くと、ホントはすんごくいい曲だった、っていうことがありませんかー

たとえば、私が小さい頃に、
あるバラエティー番組の企画モノとして
発売された、この『タイミング』という曲、
今聴くと、めっちゃいい曲やと思います。

メンバーは
南原清隆(ウッチャンナンチャン)
天野ひろゆき(キャイーン)
そして
ビビアン・スー 
3人そろって『ブラック・ビスケッツ』というユニットです。

番組の企画として生まれたユニットなので、
番組の流れの中で消滅してしまいましたが、
それから10数年、
今、Youtubeの中で聴くとこの曲、
すんごくクオリティが高くて、びっくりしてしまいました。

まずはビビアンのソロのバージョンを聴いてみてくださあい。


いいんだよー
すごくいい(笑)
なんか、自然な言葉の中に、ちょっと切なさがあって、優しさがあって、
そして、平和への願いがある。
ビビアンの歌唱もいい~
これが、企画モノだったなんてー(驚)

番組のオリジナルはこちら。
これはこれで、カッコいいんだよー

この曲のために、
番組の中で、
ビビアンは日本語のボーカルレッスンをかさね、
天野くんは苦手なダンスを猛特訓し、
そしてナンチャンはサックスをマスターしました。


アレンジが全然違うのに、どっちもすんごくいい(笑)
これは、楽曲スタッフのセンスのよさもあるけんど、
この曲自体が、とってもいいからやと思うねんけど、
どんなもんでしょーか(爆)
続きを読む
12 : 54 : 10 | 特選あーちすと | トラックバック(0) | コメント(18) | page top↑
Everynight Woman
2011 / 09 / 26 ( Mon )
お友だち(男)のブログで
女の変貌について、話題が出てました。

おとなしい子やったんやけど、
久しぶりに会ったら、イケイケになってたとか(爆)

ある子は、学生時代、全然冴えなかったけど、
突然、超美人になったとか(爆)

男たちが数人集まって
彼女たちの品定めをしております。

くだらねー(爆)

男が変われば、女も変わるんだよ。
まして、女は男の影響をモロに受けまする。

当たり前やん。
その男が好きなら、
その男好みになろうとするのは自然のことでやんす。

そして、男も女の影響を受けまする。
ホントにその子が好きならば、
こいつを何とかシアワセにしたいと、
内的変化が生まれるはずでやんす。

いい女、っつーのは、
男がいいからだよ。
自分の女を、つまんない女なんて言うヤツは、
自分がつまんないヤツだからでやんす。

女は男次第で、どーにでもなるよ。
綺麗にもなるし、醜くもなります。

いい女と連れ添いたいなら、
いい男になるこった(爆)

自分のことは棚にあげて、
女のことだけ、どーたら言うのは、カッコわるいぜー(笑)

甲斐性ある男の女は
みんな、いい女だぜ。
よく見てみろや、ボーヤたち(爆)


12 : 16 : 19 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(18) | page top↑
もうちょっとだけ、よろしく
2011 / 09 / 30 ( Fri )
中之島公会堂遠景

中之島公園周辺。私のブログでも頻繁に登場する場所でありんす(笑)


このブログ、
書き始めは1か月でアウトになるか、
よく続いて3か月やな、と思っていました。

それが、1年もの間続けられたなんて、
私としては、奇跡的なことでありんす(爆)

私のブログにはテーマがないし、
日記形式のブログは一定の読者がつかないのが普通なので、
だいたい3か月くらいで閉鎖するパターンが多いのです。
やっぱ、読者がいないブログは、
心の励みにならないから、続かないんだよね。

始めた当初は、
お友だちもいろんなブログを書いていて、
私と同じ日記を書いていた子が5人、
音楽やゲームなどの専門分野を書いていた子が3人いましたが、
予想通り3か月で、その数は半数になり、
半年目には、私とH子と、ゲームブログを書いているホルラという子以外は全滅してしまいました。

現在は私とホルラだけが更新している状態です。

その間、ホルラには、同じゲーム仲間の固定読者がたくさんついて、
アクセス数も毎日3桁代となり、私たちの中では、唯一の成功ブログとなりました。
ある統計によると、
個人ブログは、そのほとんどがユニークアクセス20件以下で、
だいたい半年以内に姿を消すか、完全放置になるそうでありんす。
50件を越えたら、そのブログは人気ブログと言ってよく、
これくらいあると、グーグル検索でも名前が出てくるようになります。
100件を越えたら、もう、ネットではメイジャーブログなんだそうです。

だから、私のブログなんて、いつ消滅してもおかしくないんやけど、
いまだに崖のふちで、ぷらぷらと遊んでるんだよね(爆)

リタイヤしたお友だちは、私がまだ書き続けていることを知ると、
『おお、まだ生き残ってたか』
なんてことを言います(爆)

思えば、
この一年、いろんな方々がコメをくださり、
そのコメに支えられて、今日まで続けていくことができました。
こんなブログに、お時間をさいてコメをくださった、すべての皆さまに
心より厚く深く御礼を申しあげます。
ホントにありがとうございました(感謝)

超弱小ブログなんで、明日はどうなるのか
私自身も全然わかんないけど、
もうちょっとだけ続けさせてもらえたら、
嬉しいなーと思ってます。

これからも、ブログの基本的スタンスは
第1回目の記事に書いてることと変わりありまっせん(笑)
『気まぐれな、はぐれ蛇の日記』で、
『つまんなくなったら、やめる』というお気楽スタイルで
記事の内容にこだわらず、ぼちぼち、やりたいと思っています(爆)
お暇がありましたら、
こんな蛇でよければ、もうちょっとの間だけ、遊んでくださいね。


んなわけで、今回は第1回目と同じ曲で、この1年に感謝したいと思います
10 : 05 : 35 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(59) | page top↑
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。