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ルパンと革命家
2011 / 11 / 02 ( Wed )
今日、ある方のブログを拝読して、
それに投稿してきた、ある方のコメを読んでいるうちに、
私はふと、ルパン三世の1シーンを思い出しました。

(管理人の方にご迷惑がかかるといけないので、詳細は省きます)

自称革命家を名乗る男が、
ルパンを監禁して、協力を要請します。

この男は自分だけが正しく、
自分だけがすべてを理解し、
そして自分こそが正義だと思っています。

自分以外の人間はみんなバカで、虫けらだと思っているのです。

だから、そんな自分の意見に反旗を翻す人間は、容赦なく攻撃します。
男は、それを『私の戦い』などと呼んでいます。

男が言います。
『ルパン君。
きみなら、私が理解できるだろう。
なにしろ、私の周囲には、愚かな者ばかりでね。
私もほとほと手を焼いているのだよ。
どうだね。
私のしもべとなって、
この乱れた世界を正していこうとは思わんかね』

ルパンが言います。
『なるほどね。では答えよう。
第1に、俺は昼間出会った、リンダというカワイ子ちゃんが好きだ。
第2に、俺はお前さんが嫌いだ。
これが、俺の答えだ。』(爆)

私の答えは、ルパンと同じです(爆)

信念を持つことや、
主張があることは、とっても素敵なことだとは思いますが、
だからといって、
自分以外の人間を卑下したり、
その存在を否定する理由になるのでしょうか。

イスラム過激派の連中は、
『ジハード』という自分たちの宗教観だけで、
何の関係もない人々を平気でテロの巻き添えにしています。
そのテロ行為によって、死ぬことが、
その人の幸せだと信じているからです。

そんなバカなお話があるのでしょうか。
なんで他人の宗教観のために、死ななけりゃならんの。
他人の宗教観の犠牲にならなきゃならんの。

真実を追及し、実践することは、大切かもしれませんが、
その前に、人として、最も大切なことを忘れちゃいないかえ。
こーゆー人たちは決まって、こんなことを言います。

『私は、誰々のためを思って、言ってるんだ』

『私は、誰々のために、戦ってるんだ』

嘘つけ。
全部自分のためじゃねーの。
自分が思うようにしたいだけじゃねーの。
詭弁使うな。
あんたが思ってるほど、みんなバカじゃないんだよ。

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15 : 03 : 47 | ちょっと思ったこと | トラックバック(0) | コメント(12) | page top↑
Gの祈り~岡林信康
2011 / 11 / 04 ( Fri )


たとえば、
立ち上がるには、
それにふさわしい時期があって、
それは自分で自由に決められるものではなくて、
『期が熟す』という表現があるように
その瞬間を知る力が必要なのだろうと思います。

経験はたぶん、
その瞬間を知るための
訓練なのかもしれません。

気はあっても、
何かしらうまく事が運ばないときは、
おそらくは、『その時』がまだ訪れてはいないのでしょう。

逆に、
衝動的に起こした事柄であっても、
それがスムーズに流れて、ひとつの明確なゴールに達することもあります。
これは、ただ『運がよかった』だけではなくて、
その時に、それを起こすことが、
最もよい時期に来ていたのかもしれません。
そのことを、自分が知らなかっただけとも言えます。

だから、
焦ってはいけないのだと思います。
その時は、
必ずやってくるのだという
日頃からの想いが大切です。

そしてその想いが、
必ず自分にその時を知らせてくれると
信じていることです。

たとえば、
今は暗闇の中にいて、
どこに扉があるのかわからなくても、
『入口』があった以上、どこかに必ず『出口』もある、
と信じていれば、
いつかきっと扉が見つかるのではないでしょうか。

だから、
今はむやみに焦らないで、
じっと『その時』を待ちましょう。

あきらめてしまったら、
目の前の光にさえ、気がつかないこともあります。
だから、
今はただじっと、辛抱強く待ちましょう。

『時』はきっときっと、
私たちの味方です。
失望も悲しみも、
『時』の力には、勝てません(笑)
14 : 26 : 48 | ちょっと思ったこと | トラックバック(0) | コメント(29) | page top↑
ぼくたちの失敗~森田童子
2011 / 11 / 12 ( Sat )
彼は今
学校にも行かず
お仕事もせずに
ずっと自分のお部屋に閉じこもっているそうです

学生時代
彼は、女の子たちからとっても人気があって
いつも自信満々で
いつかは自らの力で
この社会さえも変えてしまえるんじゃないかというほどの勢いでした

彼の尊大さを嫌う子もいたけれど
おおむねは、彼を『リーダー格』と認めていて
よって、その発言力も大きく
彼のひとことがあれば
学校さえも動きました

私は、彼を嫌っていたひとりでしたが
その影響力を認めないわけにはいかず
彼を通して決められた学則にも
従わざるをえませんでした

学校でも職場でも
力のある者が
ルールを決められる仕組みなのだから
それが嫌なら、この社会では生きていけません

あれからわずか数年
彼は今
学校にも行かず
お仕事もせずに
ずっと自分のお部屋に閉じこもっているそうです
何があったのかは誰にもわかりません

ただ
それまでの彼のありかたを
否定されるような何かが
彼の身におこったのではないかと
彼以外の人たちにとっては
推測するしかありません

その人の心は
その人でなければわからないからです

学生時代の彼を知っている友人は
彼の今の状態を
『転落』などという人もいますが
いったいどこに『転落』したというのか
私にはわかりません

私のような落ちこぼれの身分に『転落』したといいたいのかもしれませんが
私は自分のことをバカだと思うけれど
転落者だなんて思ったことはないし
落ちこぼれかもしれませんが
だから何なの、って思っています
だからバカなのかもしれませんが(爆)

シアワセの価値観は人それぞれにあるものです

大金持ちになりたい人はなればいいです
支配者になりたい人はなればいいです
スターになりたい人はなればいいです

でも、そんなことに興味のない人にとっては
大金持ちでもスターでも
なんらつまんないものです

私なら
小さな町の片隅で
自分の大好きな人と
ビンボしながらも、仲良く一緒に暮らしていけることのほうが
ずっとずっとシアワセであります(笑)

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18 : 22 : 45 | ちょっと思ったこと | トラックバック(0) | コメント(44) | page top↑
My Little Town
2011 / 11 / 23 ( Wed )
気ばらしのウインドゥショッピングにもちょっと飽きて
私たちは、どこか適当に目についた喫茶に入ろうと思いましたが、
ちょうどお昼時だったので、
どこも満員の状態でした。

しかたないんで、私たちは百貨店を出て、
通りでお店をさがすことにしました。
でも御堂筋のお店もこの時間帯では、どこもいっぱいだろうと思ったので、
茶屋町近辺まで移動することにしたのです。

その途中、阪神梅田駅から、大阪駅へと続く歩道橋の上で
自分で作ったアクセサリーを売っている女の子を見つけました。
私たちと同じ年くらいの子です。
美大の学生かもしれませんが、興味がわいたので、
なんとなく立ち止まって、ブローチなどを見ていると、
ふいに
背中でカシャカシャと、連続するへんな音が聞こえました。

ふりむいてみると、
40才くらいの、立派なデジダル一眼レフを持った方が、私たちを撮影していました。
このあたりはテレビのロケも多く、撮影はめずらしくありませんが、
テレビや雑誌なら、必ず腕章などの身分証明を掲示しているので、
それらの撮影とは区別がつくのです。
また、このあたりは、風俗関係のスカウトの方もウロウロしてるんで、
気さくに声をかけてくるオニーサンには要注意なのです。

そんなこともあって、
撮影されていることに気がついたワタリは、その方に、とってもコワい顔をしました。
すると、その方はあわてて、
『すみません。写真撮らせてもらえませんか』と言いました。

『撮らせてもらえませんか、って、
もう撮ってるじゃないさ』
って、ワタリが言うと、
その方は、お顔を紅潮させて、
『すいません』
と言って、あわててカメラのデータを消すしぐさをしました。

そのご様子を見て、私たちは、
あー、この人はただの普通のアマチュアカメラマンだったんだ、と思いました。

そんで、私は、
『もう、いいよ。でも、その写真、どーすんの』ってききました。
すると、その方は意外にも、
とっても恥ずかしそうに、
『自分のブログに、大阪の秋のことを書きたくて』と言いました。

私とワタリは、顔を見合わせました。
ブログ、だってさ(笑)

すると、さっきまでコワい顔をしてたワタリも、急に元のレディに戻って、
『そうなの』
とだけ言いました。

この方とお別れしてから、ふたりとも気がついたのですが、
何という方の、何というブログなのか、聞いておけばよかったと思いました。
今にして思えば、
この方、とっても優しそうな方だったし、
秋をテーマにしたいと考えるような方なら、とっても素敵なブログだったかもしれないのです。

日々の切ない出来事に振り回されて、
私たちは警戒心や猜疑心ばっかりが強くなっているのかもしれません。
この秋の空のように、もっと心広く、澄んだ瞳で人と接することができたなら
空の色も、街の風景も、また違って見えるのかもしれません。

あー、チョンボしちゃった(笑)
どなたか、どこかで『大阪の秋』をテーマをしたブログを見つけたら、
ぜひお教え下さい(爆)
ベージュのライトコートに黒ブーツが私で、黒いハーフコートがワタリです(爆)



どんな華やかな街に住んでいても
この曲で歌われている黒い虹は見えるのではないでしょうか。
でも、逆にいえば、どんな街に住んでいても、
美しい虹を見ることもできるということだと思います。
13 : 35 : 38 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(15) | page top↑
白い道~菅原洋一
2011 / 11 / 25 ( Fri )
誰もが
シアワセになりたくて、
ある人はお金に執着し
ある人は宗教に道をもとめ
また、ある人は自己流を究めようとします。

自分で決めた自分のジンセ
誰と比較できるものではありません。

でも、多くの人は
目に見える経済的な成功者や、
その名が有名になった方を見本とします。

目に見えるもの、
確かに聞こえる声は
目標にしやすいからです。

でも、本当に目に見えるものだけが、
音として聴こえるものだけが、
この手で触れられるものだけが
信じられるすべてなのかというと、
それは疑問です。

昔から、
こんなお話を聞いたことはありませんか。

『ジンセはあらかじめ決められていて、
それは、誰にも変えられない。
人には、生まれながらに、その人だけの道があって
その道を歩いているにすぎない』

ヘッセの作品に『クヌルプ』という
短い散文があります。

クヌルプは、その生涯において、定職をもたず、
結婚もせず、また定住もしませんでした。

気のみ気のままで諸国をさまよい、
さすらいの中に生きてきました。

そんな彼もやがては年老いて、
放浪の果てに、
人知れず雪の山道に倒れ、
ひとりぼっちで今、
その、ささやかなジンセを終えようとしています。

薄れゆく意識の中で、
彼は自分がしてきたことを振り返り、そして悲しみます。

ああ、私は何にもできなかった。
何にも残せなかった。
私は生まれてきた価値などなかった。

すると、遠ざかる光の向こうで、神がこう答えます。

おまえは、その生涯において、
村々をめぐっては
その美しい声で歌をうたい、
さすらいの途上で得た、いろんな話を語り、
多くの人に癒しを与えた。
おまえの自由な生き方に、自分の夢を託した者もいた。

何も嘆くことはない。
私が、おまえをそのように作ったのだ。
おまえは、おまえに与えられた、その生涯を生きた。
それが、おまえの使命だったのだ。

そのお言葉を聞くと、
彼は安心して、瞳を閉じます。

白い道

その終点がどこにあるか
そこに何があるかということよりも
『与えられたその道』を
全うすることこそが、シアワセの答えなのかもしれません。

21 : 09 : 56 | ちょっと思ったこと | トラックバック(0) | コメント(38) | page top↑
I Stand Alone~ディーブ平尾
2011 / 11 / 29 ( Tue )
私は、以前御堂筋に沿った
ある喫茶でアルバイトをしていました。
そのお店には、今も私のお友だちがアルバイトをしていることもあって
私は、今の会社に就職後も、時々お顔を出しています。

そのお店のお客様に、
ある紳士の方がいらっしゃいます。

その方は高校を卒業後、いろんなお仕事を転々とされて
今は失業されています。
今年で52才になられたそうです。

真面目でおとなしそうな方で、
ギャンブルをされるわけでもないようだし、
タバコもお吸いになりません。
とても質素で腰の低い方なのですが、
どうしてもお仕事が続きません。

人間関係が不得手なのだそうです。

病院に通われたことはありませんが
ご本人いわく、
心の病だということです。

どうしてご自分がそうなのか
長い年月のうちに自己分析もされていて
そんな状態のご自分と
真正面から向き合っておられるようです。

もちろんご結婚もされていません。
ご両親も、もうおられないそうです。
ご親戚とのお付き合いもないそうで、
楽しみは、ごくたまに、このお店でブレンドを飲むことぐらいだそうです。

現在は警備員さんになりたいと、
履歴書を書いておられるそうですが、
ご自分の過去をどう書いたらいいのか、いつも悩まれるそうです。
最長で5年ほどしか、ひとつの職場にいたことがないので、
過去のすべてを書ききれないからです。

私の身辺には
なぜかこのような境遇の方が多く、
この街の、ひとつの特徴なのかもしれません。

私は、この方のご本名もご素性も知りませんが、
もう長くお顔見知りです。
いつから、この方とおしゃべりするようになったのか、
はっきりと私の記憶にはありませんが、
たぶん私がここで勤めていた頃に、何かのきっかけがあったのだろうと思います。

この方は指先がとても器用でいらして
お店の紙ナプキンで
上手に鶴を折られたりします。
そのほか、私が見たこともない折り方で、
熊や蛙や、キリンなどを折って見せてくれます。
紙ナプキンなので、そっと触れないと、
すぐに形が崩れてしまいます。

だから私は、いつもそーっと
この方から、できた折り紙を受け取って
手のひらにのせて、
お店の子に見せにいったりしています。

ある時に、
ふとこの方が
折り紙をしながら、私にこんなことを仰いました。

ボクは、ほとんど女性とお話したことがないんだよ。
たぶん君が、ボクの生涯で、一番お話した女性かもしれない。
神様がね、
きっとボクを憐れんでくださったんだろう。

そして、下を向いて、ちょっと照れ笑いをされました。

コーヒー一杯
20分間

この方は
毎日このお店に来られるわけではありません。
私も
毎日来ているわけではありません。
来ても
いつもこの方にお会いするわけではありません。

窓の外
御堂筋のイチョウが今年もきれいです。

21 : 09 : 42 | 遠い空白い雲 | トラックバック(0) | コメント(67) | page top↑
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