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迷信~Stevie Wonder - Superstition
2012 / 02 / 03 ( Fri )
夕ご飯のお片付けをすませたあと、
お気に入りサイトが更新されていないか
おこたでネットのチェックをしていると、
背中のほうでパチパチと
何やら変な音がしています。

見たら、お風呂あがりのお母さんが、
足の爪を切っていました。

『お母さん、夜に爪切ったら、縁起悪いで』
って私が言うと、

『いま切らな、いつ切んねん』
とか、全然平気です。

普通、こんなことは親が子に言うものだと思うんですが、
私んちでは逆なのであります(笑)

私が『縁起が悪い』というのは、
『夜に爪を切ったら、親の死に目に会えない』
なんて、どっかで聞いたことがあるからですが、
何が根拠なのかは知りまっせん。

うら覚えですが、こんなお話だったように思います。
爪などは、時間のある時に、縁側などでのんびりと切るもので、
爪を切る時間もないほどに忙しい生活をしていると、
いざ緊急の時にちゃんと対応できないぞ

ってことだったと思います。
だから夜に爪を切ったからどうのじゃなくて、
もっと心に余裕をもった生活をしなさい、ってことなのかな。
よくは知りまっせん。

この他に『13日の金曜日には悪いことが起こる』
なんていうのもあります。
これは、『イエス様が処刑されたのが13日の金曜日』に由来するものらしいですが、
今では宗教を越えて、よく耳にするお話です。

もうひとつ、『満月の夜には犯罪が多発する』
というのもあります。
これもその類のお話だと思うのですが
実は科学的根拠があるという方もいらっしゃいます。
女性の体は、月の引力の影響を受けているといいますので、
もしかしたら、満月の夜には
何か人間の精神に特別に作用するものがあるのかもしれまっせん(笑)

ちなみに私は、この類の事柄を信じるほうではありまっせんが、
昔からそういう言い伝えがあるのならば
科学的根拠の有無にかかわらず、
『その他の何か』があるのかもしれないと思ったりもするので
わざわざ自分から積極的に無視する事もないやろ、なんて思っています。

なので、私は夜に爪は切りまっせん(爆)

19 : 35 : 10 | ちょっと思ったこと | トラックバック(0) | コメント(32) | page top↑
黒く塗りつぶせ~tete
2011 / 12 / 05 ( Mon )
あー
うまくいかねー
面白くねー
って、私は今ちょうどそんな時期にいるのですが(爆)
そーゆーことはあんまり言葉にしないようにしてます。

言葉には『言霊』という魂があるそーで、
たとえば、
『俺はダメだ、ダメな奴だ』と
言い続けていると、
全然ダメな奴じゃないのに、
ホントにダメな奴になってしまうそうです(爆)

でも、私もたまには自身の反省の意味で、
『私はダメな子だー』
と、言うことがあります。
これは、お腹の中の溜まった『ダメな塊』を
外へ吐き出すためにわざと単発的に言ってるわけで、
毎日言ってはいけません(爆)

だからこの『言霊』をうまく使って、
毎朝、言葉にして、
『よっしゃ、今日もがんばるぜ』とか
『今日は、やるぞ』とか
『俺にはできる』とか言ってると、
一日はだんだん、その方向に流れていくそうです。

あー
面白くねー
つまんねー
って、毎日言い続けてたり、思い続けてたりすると、
そのうち、『何もかもが面白くない』『何をしても面白くない』って奴になってしまいます。
私の周辺にも、文句ばかり言ってる人がいます(爆)

不満は、できるだけ言葉にせず、
不満を感じたら、心の中で
『私は、負けんぞ~』
っていうエネルギーに変えることができたらいいな、
なんて思ってます(笑)


私のお友だちのteteさんが、めずらしく矢沢の永ちゃんをカバーしました。
teteさんふうにアレンジして、サイコ―の仕上がりなんで、ぜひ聴いてみてくださあい(笑)
作詞 /西岡恭蔵 作曲 /矢沢永吉  編曲 /tete
歌 /tete

teteさんのチャンネルはこちら
teteroom 
teteさんのオリジナルが中心ですが、カバー曲もあります。
14 : 41 : 55 | ちょっと思ったこと | トラックバック(0) | コメント(30) | page top↑
白い道~菅原洋一
2011 / 11 / 25 ( Fri )
誰もが
シアワセになりたくて、
ある人はお金に執着し
ある人は宗教に道をもとめ
また、ある人は自己流を究めようとします。

自分で決めた自分のジンセ
誰と比較できるものではありません。

でも、多くの人は
目に見える経済的な成功者や、
その名が有名になった方を見本とします。

目に見えるもの、
確かに聞こえる声は
目標にしやすいからです。

でも、本当に目に見えるものだけが、
音として聴こえるものだけが、
この手で触れられるものだけが
信じられるすべてなのかというと、
それは疑問です。

昔から、
こんなお話を聞いたことはありませんか。

『ジンセはあらかじめ決められていて、
それは、誰にも変えられない。
人には、生まれながらに、その人だけの道があって
その道を歩いているにすぎない』

ヘッセの作品に『クヌルプ』という
短い散文があります。

クヌルプは、その生涯において、定職をもたず、
結婚もせず、また定住もしませんでした。

気のみ気のままで諸国をさまよい、
さすらいの中に生きてきました。

そんな彼もやがては年老いて、
放浪の果てに、
人知れず雪の山道に倒れ、
ひとりぼっちで今、
その、ささやかなジンセを終えようとしています。

薄れゆく意識の中で、
彼は自分がしてきたことを振り返り、そして悲しみます。

ああ、私は何にもできなかった。
何にも残せなかった。
私は生まれてきた価値などなかった。

すると、遠ざかる光の向こうで、神がこう答えます。

おまえは、その生涯において、
村々をめぐっては
その美しい声で歌をうたい、
さすらいの途上で得た、いろんな話を語り、
多くの人に癒しを与えた。
おまえの自由な生き方に、自分の夢を託した者もいた。

何も嘆くことはない。
私が、おまえをそのように作ったのだ。
おまえは、おまえに与えられた、その生涯を生きた。
それが、おまえの使命だったのだ。

そのお言葉を聞くと、
彼は安心して、瞳を閉じます。

白い道

その終点がどこにあるか
そこに何があるかということよりも
『与えられたその道』を
全うすることこそが、シアワセの答えなのかもしれません。

21 : 09 : 56 | ちょっと思ったこと | トラックバック(0) | コメント(38) | page top↑
ぼくたちの失敗~森田童子
2011 / 11 / 12 ( Sat )
彼は今
学校にも行かず
お仕事もせずに
ずっと自分のお部屋に閉じこもっているそうです

学生時代
彼は、女の子たちからとっても人気があって
いつも自信満々で
いつかは自らの力で
この社会さえも変えてしまえるんじゃないかというほどの勢いでした

彼の尊大さを嫌う子もいたけれど
おおむねは、彼を『リーダー格』と認めていて
よって、その発言力も大きく
彼のひとことがあれば
学校さえも動きました

私は、彼を嫌っていたひとりでしたが
その影響力を認めないわけにはいかず
彼を通して決められた学則にも
従わざるをえませんでした

学校でも職場でも
力のある者が
ルールを決められる仕組みなのだから
それが嫌なら、この社会では生きていけません

あれからわずか数年
彼は今
学校にも行かず
お仕事もせずに
ずっと自分のお部屋に閉じこもっているそうです
何があったのかは誰にもわかりません

ただ
それまでの彼のありかたを
否定されるような何かが
彼の身におこったのではないかと
彼以外の人たちにとっては
推測するしかありません

その人の心は
その人でなければわからないからです

学生時代の彼を知っている友人は
彼の今の状態を
『転落』などという人もいますが
いったいどこに『転落』したというのか
私にはわかりません

私のような落ちこぼれの身分に『転落』したといいたいのかもしれませんが
私は自分のことをバカだと思うけれど
転落者だなんて思ったことはないし
落ちこぼれかもしれませんが
だから何なの、って思っています
だからバカなのかもしれませんが(爆)

シアワセの価値観は人それぞれにあるものです

大金持ちになりたい人はなればいいです
支配者になりたい人はなればいいです
スターになりたい人はなればいいです

でも、そんなことに興味のない人にとっては
大金持ちでもスターでも
なんらつまんないものです

私なら
小さな町の片隅で
自分の大好きな人と
ビンボしながらも、仲良く一緒に暮らしていけることのほうが
ずっとずっとシアワセであります(笑)

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18 : 22 : 45 | ちょっと思ったこと | トラックバック(0) | コメント(44) | page top↑
Gの祈り~岡林信康
2011 / 11 / 04 ( Fri )


たとえば、
立ち上がるには、
それにふさわしい時期があって、
それは自分で自由に決められるものではなくて、
『期が熟す』という表現があるように
その瞬間を知る力が必要なのだろうと思います。

経験はたぶん、
その瞬間を知るための
訓練なのかもしれません。

気はあっても、
何かしらうまく事が運ばないときは、
おそらくは、『その時』がまだ訪れてはいないのでしょう。

逆に、
衝動的に起こした事柄であっても、
それがスムーズに流れて、ひとつの明確なゴールに達することもあります。
これは、ただ『運がよかった』だけではなくて、
その時に、それを起こすことが、
最もよい時期に来ていたのかもしれません。
そのことを、自分が知らなかっただけとも言えます。

だから、
焦ってはいけないのだと思います。
その時は、
必ずやってくるのだという
日頃からの想いが大切です。

そしてその想いが、
必ず自分にその時を知らせてくれると
信じていることです。

たとえば、
今は暗闇の中にいて、
どこに扉があるのかわからなくても、
『入口』があった以上、どこかに必ず『出口』もある、
と信じていれば、
いつかきっと扉が見つかるのではないでしょうか。

だから、
今はむやみに焦らないで、
じっと『その時』を待ちましょう。

あきらめてしまったら、
目の前の光にさえ、気がつかないこともあります。
だから、
今はただじっと、辛抱強く待ちましょう。

『時』はきっときっと、
私たちの味方です。
失望も悲しみも、
『時』の力には、勝てません(笑)
14 : 26 : 48 | ちょっと思ったこと | トラックバック(0) | コメント(29) | page top↑
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